[Others]「いただきます」って何?

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まあ「金払ってるから言う必要はない。」という論理にみんな反応してるみたいですね。

で、私が思ったのは別の視点。
「いただきます」の「いただく」は目上の人から何かをもらう表現。
普段家庭の食卓で使う場合は親でしょうね。
では給食の場合は?直接にはいわゆる「給食のおばちゃん」ですかね?一応生徒からしたら年上、目上の人ですね。
では給食費が絡んだら?それってファミレスとかで支払う「お勘定」なんですかね?
その感覚になると生徒は「お客」?そうなると上下の立場は逆転しますね。
でも「こっちは金払ってんだ、文句あるか!」というのも「無粋な客」ですよね?



ちょっと話をずらします。

手を合わせる「合掌」という行為も「宗教的の強制」という論理がありますが、ではあなたの信仰している宗教ではどうしているのか聞いてみたいです。で、それを徹底しているのか?とも。
私の実家は真言宗なので大丈夫です。仏教や神教は「合掌」ですから問題はないですよね?
カトリックとか敬虔な家庭では手を組んでお祈りしているのを見かけます。他はどうなんでしょ?
イスラムはメッカの方向へお祈りしてから食事するのか?そもそも「ラマダンの時期は給食は食べない」のか?
学校でもやればいいんですよ。「それぞれの宗教に則ったお祈りをして食事しましょう。」っていう風に。

話は変わって20年以上前の話になりますが、私が住んでいた長崎。はい、カトリック教が沢山ある土地柄です。
ただ長崎の隠れキリシタンといった歴史的な土地柄もあるとは思いますが、実は長崎のカトリック信者は教会でお祈りをするときは「合掌」「手を組む」バラバラ。余り形にはこだわっていないようです。
もちろん学校ではそんなこと思いも寄るはずもなく全員「合掌」でした。
「うちはカトリックだから手を組みたい」という話はあったんだろうか?記憶にないです。



さらに脱線・・・

「いただきます」での合掌の例は仏教、神教での話ですが、キリスト系にも似たような話があるようです。
習慣ではないですが、「しまった!」「なんてこった!」といったときに発する
"Oh My God!"
がありますが、敬虔な人からすると「仏教徒のお前が"God" を口にするのは何事か!」とのこと。
なので人によっては"Oh! My!" と短縮形を使うそうです。

うーん、ちょっと纏まりがなくなってきましたが、思わぬ問題提起だったのは確かですね。